東京一六会暑気払いを開催

去る8月26日(土)、東京一六会では恒例の「暑気払いを」を池袋・居酒屋『北海道』で開催しました。
途中でキャンセルが2名ほどありましたが、総勢18名の仲間が集まりました。
久しぶりに参加の「海外ぶらり旅」から帰ったばかりのS君、彼は奥さんの了解を得て、半年は「海外ぶらり旅」を続けているとか。また、親の介護生活のためなかなか参加が難しかったMさんも久しぶりに出席、常連では、悠々自適生活を楽しんでいるF君は、暇にまかせてトレーニングに通いつめ、見事に体を絞り見違えるような体型になったことを報告。
さらには、卒業以来初めて一六会のイベントに参加のO君をおりました。
定年退職後、会社を興し、まだまだ老いてはいられないと、熱く仕事への意気込みを語ったI君。
そういえば、まだまだ現役で活躍している仲間が6名ほどいました。高齢化社会を迎えて今日、なかなかたくましい仲間たちです。
会場の隅では、ゴルフコンペの企画を楽しそうに話し合っている仲間もおり、定刻5時から始めまった宴会も2時間の延長を重ね、9時の解散となりました。(写真提供・伊藤昭吉、文責・興津利夫)

  

   

  

 

高16回生元野球部監督田中正俊新聞に掲載される

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H29/2/15日付の信濃毎日新聞に田中正俊元野球部監督 自費出版の記事が掲載される。

高校から野球に打ち込み、33年の監督生活を振り返った「球魂」を自費出版された。飯田高校野球部監督時代は、凛々しく短髪と後ろ前が分からない位日焼けした顔も、髪も白く、顔も伸びてきた、しかしこの笑顔が、満足、悔いない人生そのものだ。昨年一六回では、記念祝賀会をマリエールにて行ったが、その席でも、5升(勝)で甲子園と、酒を酌み交わした事や、何回も上田球場まで,応援に行った事、共通の夢を追い続けた事、語り合った。明日は16日それぞれの思いを抱き「焼肉徳山」だ。

東京一六会、新年会を開催

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去る1月28日(土)、恒例となった池袋・居酒屋北海道において、新年会を開催しました。事務局が把握している30数名のメールアドレスに参加を呼びかけたところ、22名(インフルエンザ、その他で前日2名が辞退)の出席が得られ、近年では最多の参加者となりました。久しぶりに4名の女性陣も加わり、賑やかな宴となりました。
我々古希を過ぎて2年、今年で72歳を迎えますが、並の高齢者ではなく、“飲み放題”での予約のため、ビールはもちろん、焼酎、ワインを次々と注文し、酔うほどに談論風発。ただし、飲んでは話し、話しては飲むの繰り返しで料理は大分残ったようです
事務局では皆高齢者のため、また遠方からの参加者もいるため、17時から19時の2時間の宴での予約でしたが、二次会を求める声が強く、一次会終了後、池袋の雑踏をぶらぶら歩き、偶然見つけたカラオケ屋へ闖入。ほとんど歌うことなくまたまた話の続き。1時間後にやっと散会。次回の参加を約束しながら各々夜の巷に消えていきました。
地元飯田の一六会の温泉ホテルでの豪華な新年会には及びませんが、それなりに元気な姿をお互い確認し合ったひとときでした。
(写真提供:伊藤昭吉・前田由理 文責:興津利夫)

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一六会27回目の新年会H29.1.15

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飯田一六会親睦会(代表市瀬武彦)は15・16日と昼神温泉で新年会を開いた。もう27年にもなる。今回は24名の参加で、静岡のG組 澤口寿男元警視正の瑞宝章双光章叙勲とA組 中平文夫町会議員当選の祝賀会を兼ねての、懇親会である。式典に宮沢・木下両氏によるユーモアある二人の紹介があり、市瀬会長より祝辞と乾杯があった。昨年この昼神温泉に天皇両陛下ご来訪の時、満蒙開拓記念館に立ち寄られた、その時親しく接された河原進館長から、その時のエピソード、秘密裏の1年も前より打ち合わせがあり、緊張の中その日を迎えた事など、一生の内に拝謁など無い事に、質問が殺到した。宴会は何時もの様に楽しい一時であった。最後に厭きもせずビンゴゲーム、係り3人が景品5万円もの買い出しをし、持ち寄られた景品とで舞台が山積み、争奪戦が始まる。2次会は、カラオケBOX、最後には「高校3年生」で締める。一部屋に集まり、二時頃まで、飲み、お喋りする、腹を抱え笑ったり、リニアに乗るまでは、元気で居たいと願う。第三者がこの部屋を見れば、これで72歳?とびっくりするだろう。翌朝十人ほどで、恒例の蕎麦打ち体験に移動する、何年もやっているが、年1回では、忘れてしまう。菅沼二三夫蕎麦打ち4段の手ほどきにより、何とか出来上がり、打ち立てを賞味した。うまい!
何時も感じる事であるが、浴衣の裾がみだれ跳ねても、他の宴会と違う、同年生とは、打ち解け方が違う良き仲間である。

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2017年 酉歳明けましておめでとうございます 市瀬武彦

img_0001けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 一六会 会長 市瀬武彦

今年は7回目の酉年です。そして卒業55周年を迎えます。子供が25周年記念大会と喜んで準備をしている姿を見て、歳月の早さを感じます。
奈良県生駒郡斑鳩町にあります龍田神社をNetで調べてみました。

聖徳太子が法隆寺の建設地を探し求めていたときに、白髪の老人に化身した龍田大明神に逢い、「斑鳩の里こそが仏法興隆の地である。私はその守護神となろう」と言われたので、その地に法隆寺を建立し、鎮守社として龍田大明神を祀る神社を創建したという。元々の社名は「龍田比古龍田比女神社」で、その名の通り龍田比古神・龍田比女神の二神(龍田大明神)を祀っていた。延喜式神名帳にもこの名前で記載され、小社に列している。(ウイッキペディアから抜粋)

一六会古希大会新聞に載る

IMG遅くなりましたが、古希大会の記事が、南信州新聞に、掲載されました。早いもので今年も後わずかになりました。気の早いクラスではもう来年のこと、マツタケ食べ放題や、クラス会を計画されているようです。
飯田親睦会新年会は昼神温泉で例年通り、翌翌年は、我々の6回目の酉年、これも計画がありそうです。年中一六会ですね。
健康に留意され、残りの人生を謳歌しましょう。

一六回生延壽院住職伊佐榮豊法務大臣表彰

IMG伊佐榮豊和尚が此の度、宗教教誨師を32年間続け、少年院の子供たちの、更生に務め、出院後も、面倒を見ていた。その功績が、今度の感謝状に繋がった。飯田でも祝賀会が開かれるが本人は、あくまでも通過点とまだ意欲を燃やしている。

10月14日信濃毎日新聞に報道される

一六会新野行人様祭参加9・20

今年の夏は猛暑で、降水量も平年の40%であった。しかし9月に入って、台風の影響か雨が多く各地に災害をもたらした、長野県発表では、やはり日照時間が40%以下との事、幸い飯田地区は、災害はなかったが、異常気象を感じている。肌寒さを感じる秋9月20日、一六会は、数年に一回5連休シルバーウィーク最中、新野の行人様の祭典に参加した。地元の行事や、孫の帰郷などで欠席あり、参加者は12名であった、「これからも元気に!古希記念」と題して尺○花火を奉納、堪能した。
何時もの様に、途中マレットチームなど、新野にあるリニューアルした温泉「おきよめの湯」に入り「一力」を目指す、東京からは、8時間以上かけて参加の前田さん。栗生親族含め20名もの大宴会が始まる。鍋をメインに、沢山のご馳走に、腹も脹れ、花火を待つ。縁側と土間に敷かれたマットにビール片手に座り込む。三○の50発から始まった、飯田丘の上では、スターマインだ。盆地に響き渡る音は素晴らしい。もっと元へと2・3人で、尺○(百玉)の連発の中、打上げ場に近づく、迫力は最高であるが、首が痛い、少しバック、「ドンと鳴った花火は、綺麗だな、空いっぱいに広がった」と口ずさむ、友は、古い歌だけどその通りだと、首を大きく曲げ空を仰ぐ。それでも我々の花火は、皆で見ようと、宴会場に戻る。最高であった。番付表は2面目に、スターマインの連続と、最後の二尺玉には、身を乗り出して、音を体に感じ、夜空を仰ぐ。終わった。興奮覚めぬまま、今度は鍋に火を入れ、再度酒盛り、最後に大きな草鞋五平、こんなに食べていいのか70歳。
翌朝は、温かい味噌汁に、キノコ飯、魚等々で、大満足。
何時もの事ではあるが栗生夫妻・親族の方々に心より御礼を言いたい。ありがとうございました。

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東京一六会の残暑払い

8月29日(土)、東京一六会は池袋の居酒屋・北海道で恒例の残暑払いを開催しました。
7月に京都での古希大会があったばかりなのに、総勢16名の参加があり、今回は3名の女性陣も加わり、大いに盛り上がりました。
ただ、いつも参加される人で3名ほどの顔が見られなかったのには、ちょっと寂しい気もしましたが……。
さて、話題は在校時のこと、中学時代のこと、そして現在のことと八面六臂の展開。皆、大きな声でしゃべる姿は、とても古希を迎えた集団とは見えなかったでしょう。
散会前には、来年の新年会は「常磐ハワイアンズ」で1泊2日で開催しようとの提案がなされました。(写真提供:片桐鉄夫、興津利夫)

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一六会古希大会 京都智積院 7/19.20

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飯田高校一六会(会長市瀬武彦)は7月19日20日と京都にて、古希記念大会を行った。台風9号10号11号が日本上陸を騒がせ、各地に被害を及ぼした。幸い飯田地方に災害がなく,久々に例年の119%の雨を降らせた。19日関東地方梅雨明け宣言が出、清々しい朝を迎えた。各地から参加者70名が京都に向かい出発した(一六会通信可能数287、返信198、参加者70)。中には、前日京都入りの仲間もいたが、夕方には皆に会える。
飯田チームは、例の如く、バス移動である、高森から出発し、りんごの里から、高速道路へ。2年前には昼神温泉で、50周年記念を行い、毎月会っている仲間なのに、よくも話すことがある、ビール片手に大騒ぎ、これが70歳の一六会。途中滋賀の西明寺に寄り国宝の本堂や佛像を見学する、本堂までの参道(緩やかな階段)脇には名勝庭園が広がり又樹木が暑さを和らげてくれる。バスの中では、飯田が小京都と言われる由来と飯田城のルーツ、姉妹都市龍野市との関わり、菱田春草など勉強して京都にはいる。式典では、市瀬会長より医者の立場から、「これからの生き方・逝きかた」のミニ講演があり、同窓会費についての話に、多くの方の賛同を得た。
一六会が京都にこだわるのは、
① 学問の京都智積院境内に一六会記念樹 千年木「楠」がある
② 真言宗総本山智積院の中僧正(上から3番位)伊佐栄豊和尚がいる
③ 修学旅行がなかった我々に、歴史ある奥深い京都が見られる  等
正式な一六会大会では京都は5回目である。
翌日は、朝5時ホテル出発、智積院本堂にて、35名の物故者慰霊と先祖供養、護摩堂にて、祈祷があった。香の漂う静寂な堂内に、和尚が読み上げる物故者名、参加者全員の名前が響き渡り、30名余の僧侶と共に、読経が始まる。宗教や宗派の違いがあっても、これだけの仲間からの法要を頂けることは、幸せである、口々に「俺の時も頼む」などの話に、還暦の時と違った感情を覚えた。記念写真の後、楠を見て10年の歳月を感じ、「飯田高校一六会還暦記念」(松村信子さん書)の石柱を、愛おしく腰をかがめて眺める後姿には、明らかな70歳を感じた。国の名勝庭園を前に朝茶を頂き僧侶より「死ぬ時に後悔する25条」と題し講和を聞く。長谷川等伯・田渕俊夫の襖絵を観、改めてすごさを感じた。ホテルに帰り朝食を済ませ、京都市内を初めてタクシー観光を利用した。京都の詳しいメンバーチームは電車を利用して解散までの4時間を満喫した。私は。タクシーでしたが、乗務員がガイド役で西方面の小さなお寺を幾つか周ったが、どのお寺も国宝級の仏像がありその美しさに魅かれた。
別れの時は握手や、お互いの健康を祈り、80歳には再度ここで会おうと誓いながら、別れを惜しみ、新幹線や空港に、飯田チームは、アメリカから来た北原喜美夫君を含め賑やかなバスで、一路飯田に向かった。

IMG_0616他写真は近日中UP