第14回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

2017年10月21日(土)、第14回「飯田ゆかりの地を歩こう会」が25名の参加のもとに開かれました。前週の予定を雨天順延したものですが、21日当日も小雨の中を挙行し、牧内雪彦会長(中47回、講談脚本家)の説明を受けながら予定したコースをたどりました。

【コース】目白駅→雑司ヶ谷霊園→護国寺→(昼食)→講談社野間記念館→永青文庫→早稲田駅→(都電)→東池袋三丁目駅→サンシャインビル敷地内東公園→東池袋

【午 前】目白駅から学習院横を通り、千登世橋から雑司ヶ谷霊園へ向いました。
・雑司ヶ谷霊園の主な参拝した墓はつぎのとおり
〇伊澤修二(高遠出身音楽家)
〇窪田空穂(松本出身歌人)
〇その他:金田一京助、夏目漱石、東条英機、小泉八雲、竹下夢二、島村抱月など
・コンパクトだが密度の高い都営霊園でした。その後、道路を挟んだ護国寺へ移動して、本堂 墓地など参拝しました。

【昼 食】音羽の「護国寺」駅界隈のジョナサンなどのファミレスで昼食

【午 後】音羽から関口の坂を上がって、講談社野間記念館、永青文庫へ
・講談社野間記念館では、歴史画展が開かれており、横山大観、中村不折(高遠出身)等の近代日本の画家たちの絵を鑑賞しました。
・永青文庫では、長谷川等伯の絵、細川幽斎等細川家伝来の品々を鑑賞しました。
・早稲田まで下って早稲田駅から東池袋三丁目駅まで都電に乗り、サンシャインビル敷地内の東公園元巣鴨プリズン跡平和の碑をお参りしました。
・その後、打ち上げの東池袋へ向かいました。

【懇親会】東池袋居酒屋「かまどか」で、懇親会を行いました。他の客がいない間に、店の許しを得て、応援歌(5曲)、校歌を斉唱しました。そして、世話役の下島晃さん(高19回)による恒例の歴史クイズで盛り上がり、全員スピーチのあと盛況裏に終了しました。
[文責 大原直さん(高21回)]

詳細案内は、こちら
松原秀幸さん(高19回)撮影の写真は、こちら

第13回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

 2017年5月20日(土)に第13回「飯田ゆかりの地を歩こう会」(会長:牧内雪彦さん(中47回、講談脚本家))が開催されました。

【コース】
 当日は夏のような暑さの中で、36名が新宿駅西口に集合し、新宿駅から京王武蔵野台・本願寺→府中の森公園→明大 内海・島岡ボールパーク→多磨霊園→武蔵小金井駅のコースをたどりました。

【午前】
・まず、新宿駅より京王武蔵野台駅へ向かい、駅に近い本願寺を訪ねました。この本願寺は、徳川家臣旗本の宮崎泰重(阿智村出身)が造営に貢献したもので、泰重と子孫の菩提寺となっています。
・参拝後、再度京王線で武蔵野台駅から東府中駅へ移動し、府中の森公園内で休憩し、それぞれ緑の中で青空昼食を摂りました。

【午後】
・明治大学「内海・島岡ボールパーク」へ移動し、郷土の先輩島岡吉郎監督(高森町出身)の偉業を顕彰した胸像を訪ね、折しも対戦中の明治大学と法政大学の延長戦をひと時観戦しました。
・そのまま徒歩で多磨霊園へ移動し、広大な霊園の中に点在する郷土出身の偉人、先達の方々の墓碑を参拝しました。

<参拝した墓所>:今村力三郎(弁護士、専修大学総長)、中村不折(高遠出身の書家・画家、飯田小学校教師時代菱田春草を教える)、下村観山(菱田春草の友人)、北原白秋(詩人、童謡作家、歌人)、岸田國士(劇作家、小説家、岸田今日子の父)

【打上げ】
・帰路は霊園のバス停からバスでJR武蔵小金井駅まで移動し、駅近くの居酒屋「魚鮮水産」武蔵小金井店で打ち上げを行いました。 
・懇親会では恒例の下島晃さん(高19回)による歴史クイズで盛り上がり、全員のスピーチの後、校歌、応援歌、「信濃の国」を熱唱しました。

案内詳細は、こちら
松原秀幸さん(高19回)撮影の写真は、こちら

第12回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

2016年10月30日(日)に第12回「飯田ゆかりの地を歩こう会」(会長:牧内雪彦さん(中47回、講談脚本家))が開催されました。
当日は今年一番の冷え込みでしたが、34名が10時に上野駅に集合し、浅草寺で参拝してスカイツリーを観ながら墨東(隅田川の東側)を歩くコースをたどりました。行き先々の飯田ゆかりの地で博覧強記の牧内会長の説明を受けながら、予定のコースを同窓生同士で楽しく歩きました。

【コース】上野・浅草そして墨東、向島から木母寺まで
【午前】上野から浅草まで歩く
○海禅寺(旗本近藤家旧菩提寺)、合羽橋から仲見世へ
・海禅寺は江戸前期の信濃近藤藩主であった近藤政成(堀秀政の四男、養父は近藤重勝)の菩提寺
○浅草寺参拝、同境内の「映画弁士塚」の石碑
・映画弁士塚は徳川夢声など、明治大正期の無声映画が活動写真として盛んだった頃の百余名の弁士達の名が刻まれている。
○河竹黙阿弥旧宅跡
・河竹黙阿弥の娘婿が河竹繁俊。河竹繁俊(飯田市山本出身で旧姓は市村)は日本の演劇学者で、早稲田大学演劇博物館館長を務め、演劇史を研究した。

【昼食】「アサヒビール リバーピア」にて

【午後1時】東武線東京スカイツリー駅から東向島駅まで乗車
○秋の向島百花園
・秋の七草の覚え方を「お好きな服は」と教わる
(お:女郎花、す:すすき、き:桔梗、な:撫子、ふ:藤袴、く:葛、は:萩)。
○木母寺(もくぼじ。通称もっぽじ)(梅若塚)を訪ね、「天下の糸平」の大きな石碑を観る。
・田中平八は赤須村(現駒ケ根市)に生まれ、飯田城下の魚屋に丁稚奉公し、染物屋の娘と結婚し、田中家の婿養子となる。紆余曲折を経て、1865年に横浜に「糸屋平八商店」を開業し、生糸・為替・洋銀・米相場で巨利を得て、「天下の糸平」と呼ばれた。没後、1891年に伊藤博文の揮毫による「天下之糸平」の石碑が建立された。

【午後3時30分】東武線鐘ヶ淵駅から、浅草駅を経緯して、銀座線神田駅まで乗車
【午後4時】居酒屋「北海道 秋葉原店」で打ち上げ
・懇親会は33名が参加し、佐々木康夫在京同窓会長(高15回)のご発声で始まり、和気藹々とした雰囲気の中で同窓生同士の絆を深めました。
・恒例となっている世話役の下島明さん(高19回)が作成した歴史クイズを楽しみ、その後全員がスピーチを行いました。最後は応援歌「友よ若木の」と飯田高校校歌を全員で合唱し、歓声の中で散会しました。(文責 大原直(高21回))

案内詳細は、こちら
以下、松原秀幸さん(高19回)が撮影した写真
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第11回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

当日は、絶好の天気に恵まれ、過去最多の46名が参加しました。今回は高37回の女性3名および高52回の女性が参加し、平均年齢はかなり下がりましたが若い人の参加はとても素晴らしいことです。
コースは次の通り:
<武蔵野コース>
10:00 JR吉祥寺駅前に集合し(JR電車の若干の遅れあり)、成蹊学園に向かう。

10:30 成蹊大学では、牧内雪彦歩こう会会長(中47回)の解説を聞きながら、成蹊大学の創立に多大な尽力をした今村繁三の胸像と、中村草田男の句碑を見学する。
・今村繁三は今村銀行や角丸証券(現・みずほ証券)を創立した今村清之助(高森町出身)の次男で、成蹊大学の創立に尽力し、また麒麟麦酒の発起人となった。11th_all

11:00 信陽舎の古島史雄理事長(高11回)の説明を受け、学生寮内を見学する。 
・信陽舎は、長野県出身で首都圏に進学する男子学生に、経済的で健全な宿舎を提供し、共同生活を通じて勉学の研鑽と円満な人格形成を目指す公益法人。

13:00 小金井公園で青空昼食を摂る。

14:00 小金井公園内にある「江戸東京たてもの園」に入園し、建物の移築前後の調査・維持管理を業務としている、協同組合 伝統技法研究会代表理事の大平茂男さん(喬木村出身)の説明を聞きながら、1時間半、高橋是清邸など歴史的価値の高い種々の建物を見学した。

15:30 小金井公園横のバス停からバスに乗り、武蔵小金井駅で降りて、近くの居酒屋「魚鮮水産」で打ち上げを行った。

懇親会の冒頭、これまで「歩こう会」を支援してこられ、昨年12月24日に亡くなられた前会長の西村清一相談役(高7回)を追悼するために黙祷し、佐々木康夫会長(高15回)の音頭により献杯を行いました。
懇親会は和気藹々の雰囲気に包まれ、世話役の下島明さん(高19回)が用意した恒例の歴史クイズに沸きました。そして参加者全員のスピーチの後、応援歌、信濃の国、下伊那の歌、そして校歌を全員で合唱しました。
こうして6年目を迎えた第11回「飯田ゆかりの地を歩こう会」は盛況のうちに終了しました。
                                        (文責:大原直(高21回))
案内詳細は、こちらから
松原秀幸さん(高19回)撮影の写真は、こちらから

第10回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

 10月11日(日)に第10回「飯田ゆかりの地を歩こう会~もうひとつの飯田藩脇坂家屋敷跡から浜離宮恩賜庭園と赤穂浪士の道へ~」が開催され、33名が参加しました。当日は雨が心配されましたが、幸いにして雨は上がりました。朝10時に新橋駅に集合し、午前は新橋駅の東側を、午後は西側を、牧内会長の解説を聞きながら、以下のコースをたどりました。
  案内人 中47回  牧内雪彦さん (講談脚本家)
  世話人 高19回 下島晃さん(青林社)arukou_10th-5
案内詳細はこちら → 10th_arukoukai-annai
写真はこちら → 10th_arukoukai_photo
      松原秀幸さん(高19回)撮影の写真です。

行程:
  10時 新橋駅SL広場集合・出発
  汐留 飯田藩脇坂家屋敷跡 :初代脇坂安元、2代脇坂安政
  浜離宮恩賜庭園散策
  ~昼食~:汐留飲食店街
  旧新橋停車場 鉄道歴史博物館 :旧新橋停車場も飯田藩跡地
  新橋 脇坂家上屋敷跡 :広大な屋敷跡を確認しながら散策
  東京タイムズ社 :岡村二一社長は竜丘出身、戦後日本の新聞界の重鎮
  ヤクルト本社 :代田稔博士(飯田中学)が創業し、今年80周年を迎える
  浅野内匠頭終焉の地 :田村邸跡、マッカーサー道路の脇
  虎ノ門ヒルズ
  義士足洗の井戸跡 :虎ノ門日本消防会館入口
  虎ノ門金刀比羅宮
  ~懇親会~
  新橋駅前ビアケラー東京:下島さん作成の恒例の歴史クイズ(難問)を楽しんだ後、参加者全員のスピーチを聞きながら歓談
  17時解散                         (文責:大原直(高 21 回))

第9回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

 先々週の5月18日(土)は絶好の天気に恵まれ、第9回「飯田ゆかりの地を歩こう会」が開催され、34名が参加しました。当日は大相撲春場所開催中の両国国技館横の広場に10時に集合し、色とりどりののぼり旗がたなびく本場所ならではの雰囲気を味わって出発しました。行き先々で牧内会長の解説を聞きながら、以下のコースをたどりました。
 案内人 中 47 回  牧内雪彦さん (講談脚本家)
 世話人 高 19 回  下島 明さん  (青林社)arukou_9th-4
写真はこちらから → 9th_arukoukai_photo
    松原秀幸さん(高19回)撮影です。

<当日のコース>

午前10時 国技館広場集合・出発
   【回向院】勧進相撲発祥の地、鼠小僧(中村次良吉)墓
     ・「お前立ち(鼠小僧の墓石)を削って持っているとお守りになる」
   【本所松坂公園】吉良上野介屋敷跡(赤埴源蔵討入り)
   【要津寺】江戸中期の俳人 大島寥太碑(伊那大島出身)
   ・代表作「世の中は三日見ぬ間に桜かな」
   【河竹黙阿弥邸跡】 終焉の地
   ・江戸末期歌舞伎作者。黙阿弥の娘婿が河竹(市村)繁俊(飯田出身)
   【勝海舟や葛飾北斎 生誕の地】 
   【相撲神社】

正午 両国駅際の相撲茶屋「花の舞」で昼食
午後
   【旧安田庭園】散策、【震災記念堂】 参拝
     蔵前橋で隅田川を渡り、スカイツリーを間近に眺めて、【鳥越神社】参拝
   【飯田藩上屋敷跡】秋葉原、第1回以来再訪
      ・校歌3番にある山口阿藤の刃傷について牧内会長の解説を聞く。
   
15時 秋葉原駅傍「居酒屋北海道」にて打上げ
   ・下島さん作成の恒例の歴史クイズ(難問)を楽しんだ後、参加者全員の
       スピーチを聞きながら歓談
   ・最後は、初めてのことですが、飯田高校校歌、信濃の国をそれぞれ1コーラスを斉唱しました。そして盛会の内に、和やかに解散しました。 (文責:大原直(高 21 回))

第8回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

 去る10月18日(土)に、好天のもと、第8回「飯田ゆかりの地を歩こう会」が開催され、史上最多の43名が参加しました。コースは次のとおり:東京駅→皇居本丸跡→東京国立近代美術館→昼食→専修大学→御茶ノ水駅 (案内パンフレット参照)
 今回の歩こう会は、東京国立近代美術館で開催されている「菱田春草展」(9/23~11/3)がメインで、10/15からの「後半」を鑑賞しました。この展示会は飯田が誇る巨匠・菱田春草の生誕140周年を記念して、大々的に展示されたものです。

 「菱田春草展」では、国の重要指定文化財の「黒き猫」「落葉」「王昭君」「賢首菩薩」も展示されますが、国の重要文化財指定を受けた作品を4つ持つ画家は菱田春草だけだそうです。後半では、このうち「黒き猫」「王昭君」「賢首菩薩」を鑑賞でき、合計85点の作品を鑑賞しました。
 岡倉天心や横山大観が絶賛した菱田春草は「朦朧体」といわれる手法を得意としていましたが、研究熱心な春草は試行錯誤して、「金銀体」の手法をも取り入れていきました。重要文化財の「黒き猫」や9mに及ぶ「四季山水」の素晴らしさは圧巻であり、我々を魅了しました。春草ワールドを堪能することができたと思います。それにしても天才・春草が36歳で夭折したことが残念です。春草展パンフレット

 北の丸公園内の科学技術館の地下レストランで昼食を摂ったあと、神保町にある専修大学の今村力三郎の碑を訪ねました。今村力三郎については、在京飯田高校同窓会副会長でもある弁護士の本島信さん(高11回)と「歩こう会」会長の脚本家・牧内雪彦さん(中47回)のお二人からそれぞれ貴重なお話を伺うことができました。
 今村力三郎は明治から昭和にかけて活躍した飯田出身の弁護士で、足尾鉱毒事件、大逆事件、シーメンス事件、帝人事件、五・一五事件などの弁護を担当し、被告の人権擁護に尽くしました。杉並区の屋敷や修善寺の別邸を専修大に寄付しました。昭和21年に専修大総長に就任し、生田校舎を建設しました。
 専修大学の「今村力三郎記念ホール」に移動し、今村弁護士の貴重な資料を観ることができました。記念ホールは普段は談話室ですが、世話役の下島明さん(高19回)が下見時に我々が訪問することを伝えていたため、わざわざ飯田ゆかりの資料を展示してくれました。

 専修大学からお茶の水まで移動し、駅前のビアホールで懇親会を行いました。下島明さんが作成した恒例の歴史クイズや参加者全員(32名)のスピーチで大いに盛り上がりました。こうして第8回歩こう会は盛況のうちに終了しました。 (文責:大原直(高 21 回))

写真はこちら(松原秀幸さん(高19回)撮影)
(写真の上でクリックすると、拡大写真が見られます)
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第7回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

  2014年(平成26年) 5月11日(日)に、「第 7 回飯田ゆかりの地を歩こう会」が、29 名の参加のもとで開催されま した。

  当日は絶好の天気に恵まれ、朝10時にJR田端駅に集合し、都立文化財 9 庭園である六義園、旧古 河庭園を含む次のコースをたどって、全員が完歩いたしました。六義園のつつじや旧古河庭園の薔薇な ど、庭園に咲く綺麗な花を観賞し、各訪問地では適宜、「歩こう会」会長の牧内さんの名解説を聞いて歴 史を勉強しながら楽しく歩くことができました。
 最後は巣鴨「さかなや道場  巣鴨駅前店」で打ち上げを行い、交流を深めた後解散しました 。
    案内人 中 47 回  牧内雪彦さん  (講談脚本家)
    世話人 高 19 回  下島 明さん  (青林社)

<コース:  田端~本駒込~六義園~旧古河庭園~巣鴨> 集合:  JR田端駅北口  10 時 (午前) 
・「田端文士村」へ       芥川龍之介と下島勲(伊那出身)居宅跡
・動坂から本駒込へ 徳源禅院と吉祥寺
  徳源禅院:芭蕉とも親しい飯田出身の俳人  桜井蕉雨 の墓
  吉祥寺:菱田春草の同僚、西郷孤月(松本出身)の墓 他にも二宮尊徳、八百屋お七比翼塚など (写真:吉祥寺本堂前
・本郷通りを六義園へ 六義園:和歌の心息づく大名庭園。柳沢吉保が権勢を謳歌し、岩崎弥太郎が再興した日本 庭園を巡る。 (写真:六義園パンフレット:六義園.pdf

(昼食)  ・駒込駅付近レストランなど(分散して昼食を摂る)

(午後) 
・駒込から本郷通りをたどり、西ヶ原「旧古河庭園」へ 旧古河庭園:和と洋が調和する大正の庭。薔薇が真っ盛りの西洋庭園と日本庭園を楽し む。 (写真:旧古河庭園薔薇園パンフレット:旧古河庭園.pdf
・染井吉野桜発祥の地を通り「染井霊園」へ 染井霊園:飯田ゆかりの先人たちの墓苑。岡倉天心、下条康麿、下条進一郎などの墓。
   山田文応(※)の石碑と墓。高村光雲、幣原喜重郎、二葉亭四迷の墓
  ※山田文応は、飯田伝馬町の専照寺で剃髪し、その後諸国を巡り修行に励んだ。明治政府が墓地の使 用を制限したため、文応師は政府を動かして染井の地に共同墓地を開設した。専照寺は永昌院に次 いで飯田中学があった場所で、その後飯田中学は長姫に移った。(写真と説明:文応翁碑.pdf

・午後 3 時  ・巣鴨駅前「さかなや道場  巣鴨駅前店」にて打上げ  懇親会 歴史クイズを楽しんだ後、参加者全員のスピーチを聞きながら歓談し、世代を超えて同窓 生の絆を確かめ合いました 。
 (懇親会写真:写真の上でクリックすると拡大写真が見られます)
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・午後 5 時  現地解散
(文責:大原直(高 21 回)

 

第6回「飯田ゆかり地を歩こう会」報告記

 台風による雨天順延で1週間後の10月27日(日)に、「第6回飯田ゆかりの地を歩こう会」が、28名の参加のもとで開催されました。

 当日は絶好の天気に恵まれ、朝10時にJR千駄ヶ谷駅に集合し、国立競技場横を通り過ぎ、次のコースをたどって、全員が完歩いたしました。途中は、「歩こう会」会長の牧内さんの名解説に聞き入りながら、楽しく歩くことができました。
最後は恵比寿ガーデンプレイスで打ち上げを行い、交流を深めた後解散しました

案内人   中47回 牧内雪彦さん (講談脚本家)
世話人   高19回 下島 明さん  (青林社)

<コース: 千駄ヶ谷~青山~六本木~広尾~恵比寿>
   JR千駄ヶ谷駅改札を出たところ 朝10時集合 出発
     ↓
   神宮外苑 絵画館銀杏並木から青山霊園へ
       東京の中心にある文化とスポーツの聖地を散策する  
     ↓
   青山霊園 飯田出身または関連の先人たちの墓前へ
     安東貞美(さだよし)  墓   (陸軍大将、1853~1932)
     田中義廉(よしかど)  墓   (洋学者、1841~1879、博物学者田中芳男の弟)              
     潮田(うしおだ)千勢子(ちせこ) 墓 
                  (婦人運動家、1845~1903、足尾鉱毒被災者救援)
     島村洋二郎 墓   (画家・仁王家墓、1916~1953)
     日下部(くさかべ)鳴鶴(めいかく) 碑
                  (大久保利通墓の碑文、書家1838~1922)
         ※大久保利通の石碑隣に歌人斉藤茂吉の墓がある
    ↓
   国立新美術館 
    ↓
   (昼食)六本木ヒルズ  
    ↓
   麻布から有栖川宮記念公園 
    ↓
   広尾 祥雲寺 堀家代々 墓  (飯田藩主)
     石澤謹吾 墓  (宮城集治監初代典獄=宮城刑務所所長)
    ↓
   (午後4時)恵比寿ガーデンプレイス サッポロビヤガーデンで打上げ
      歴史クイズ、全員スピーチで盛り上がる。
     ↓
   (午後6時)現地解散

写真は、後日掲載します。
来年春の第7回歩こう会をお楽しみに!    (文責:大原直事務局長)

第5回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

5月26日(日)「第5回飯田ゆかりの地を歩こう会」が、33名の参加のもとで開催されました。当日は好天に恵まれ、朝10時にJR原宿駅横参宮橋に集合し、明治神宮内を皮切りに、次のコースをたどって、JR中野駅で打ち上げ後解散しました。
案内人:中47回 牧内雪彦さん (講談脚本家)
世話人:高19回 下島 明さん (青林社)
① JR原宿駅表参道口 50m先「神宮橋」  朝10時集合 出発

② 明治神宮境内を参宮橋方向へ 神宮の杜と都会の風景を楽しむ

③ 代々木三丁目 菱田春草居宅跡、春草終焉の地と平田神社を訪ねて
・菱田春草の居宅跡が小田急線沿いにあり、近くに終焉の地がある。
・平田神社は国学・平田篤胤を祀った神社で昭和34年に小石川から代々木に移った。

④ 甲州街道、飯田藩の参勤交代路を横切り新宿副都心から青梅街道へ

⑤ 昼食 中野坂上周辺レストラン 12時半頃

⑥ 現代の街道、山手通り(環6)を歩いて東中野まで

⑦ 寺町、早稲田通り上高田1丁目周辺 飯田ゆかりの方々の菩提寺、墓地へ
河竹黙阿弥:歌舞伎狂言作家。河竹繁俊の養父。歌舞伎の名文句「知らざあ言って聞かせやしょう」のセリフが墓石に刻まれている。源通寺
河竹繁俊:黙阿弥研究者。早大演劇博物館館長。飯田市山本生まれ。旧姓吉村。黙阿弥に気に入られて養子となり、歌舞伎の研究を広める。源通寺
脇坂安(やす)菫(ただ):播磨龍野藩主。賤ヶ岳七本槍脇坂安治子孫。脇坂家11代当主。外様大名 であったが、将軍家斉に認められて寺社奉行になって辣腕をふるった。青原寺
菱田春草:春草の墓は飯田の柏心寺にあるが、中野が本物(?)と言われている。菩提寺は大信寺(四谷)であるが、墓は上高田にある。

⑧ JR中野駅 北口サンモール「魚民中野北口店」で打ち上げ ・参加者全員によるスピーチと下島さんの歴史クイズで盛り上がりました。(文責:大原直氏((高21回))
詳細は、こちら → 第5回_歩こう会・詳細
写真は、こちら → 第5回_歩こう会・写真

(追伸) 歩こう会会長の脚本家牧内雪彦さん(中47回)が1/5の南信州新聞に寄稿(南信州新聞_20130105)し、第4回歩こう会で尋ねた早大演劇博物館について書かれました。河竹黙阿弥を研究し養子となった演博館長河竹繁俊の生き様が紹介されています。その河竹親子の墓を今回の歩こう会で訪ねました。

第4回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

10月27日(土)に「第4回飯田ゆかりの地を歩こう会」が、37名の参加のもと開催されました。当日は絶好の日和に恵まれました。
朝10時に目白駅に集合し、学習院大学を皮切りに、田中角栄邸、野間記念館、永青文庫、早稲田大学、穴八幡神社を見学し、高田馬場駅近くのビアホールで懇親会を開きました。
各場所の案内は、「歩こう会」会長の牧内雪彦さん(中47回)、早稲田大学名誉評議員の矢澤酉ニさん(中47回)および世話役の下島明さん(高19回)にして戴きました。

一行は目白駅隣にある学習院大学構内を通り抜け、目白通りに沿って歩きました。まず、田中角栄邸横の公園で、田中角栄が買った屋敷が須坂藩堀家跡であった経緯等が牧内さんから説明されました。

次に、講談社野間記念館で「横山大観と再興院展の仲間達」を観賞しました。横山大観は芸大の岡倉天心に菱田春草とともに師事し、日本画壇の巨星と謳われました。しかし、残念ながら菱田春草の絵はありませんでした。

つぎに、近くの細川家屋敷跡の一隅にある永青文庫を訪ねました。永青文庫では先週まで菱田春草展が開催されており、「歩こう会」としては非常に残念でした。 永青文庫から胸突坂を下り、早稲田大学構内へ移動し、大隈ガーデンハウスカフェテリアで昼食を摂りました。

昼食後は、学徒動員で戦死した3800名の慰霊碑について矢澤さんからの説明を受けた後、演劇博物館(通称:えんぱく)を訪ねました。 「えんぱく」は、英文学者の坪内逍遥が19年掛けてシェイクスピアを翻訳完成したことを記念して昭和3年に設立されたもので、日本で唯一演劇を専門的に扱う博物館として知られています。館内には、シェイクスピアに関する蔵書など古今東西の多数の演劇資料が集められており、また能・狂言、歌舞伎、人形浄瑠璃など日本の伝統文化の殆どすべてが集められています。 「えんぱく」を支えた飯田高校同窓生は数多く、(以下敬称略)逍遥に師事した河竹繁俊(旧姓市村)、日夏耿之介、林京平の大先輩もおられます。 河竹繁俊(旧姓市村、中6回、山本出身)は逍遥の紹介で、歌舞伎作者の河竹黙阿弥の養子となり、黙阿弥全集をまとめています。「えんぱく」の館長、早大名誉教授を務めました。

日夏耿之介は飯田市名誉市民第1号ですが、明治23年に飯田に生まれました。大正3年に早稲田大学英文科を卒業しましたが、病を得て5年間床に伏した後、大正8年、母校早大に英文学者として職を奉じています。 林京平さん(中41回)は昨年亡くなられましたが、坪内逍遥の研究の第一人者として長く逍遥協会の理事長を務められました。
林京平さんは一昨年の「稲穂」第7号に「逍遥と黙阿弥と河竹繁俊」を執筆されています。 なお、矢澤さんによれば、現在、飯田高校出身の早大教授の数は5名だそうです。

早大を出た後、一陽来復の御守で有名な穴八幡神社をお参りし、その後高田馬場に移動し、参加者37名中35名がビアホールで楽しく打ち上げを行いました。参加者全員の自己紹介を行った後、恒例となった下島さん作成の歴史クイズが出され、会は大いに盛り上がりました。
こうして、「第4回歩こう会」は成功裡に終了しました。

来年の春に第5回歩こう会を開催する予定ですのでご案内したいと思います。 榊原さん(高31回)が撮影してくれた写真を添付します。 (文責:大原直(高21回)) コースの詳細

(写真の上でクリックして拡大写真をご覧ください。)

第3回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

5月12日(土)に「第3回飯田ゆかりの地を歩こう会」が、32名(新参加13名)の参加のもと開催されました。当日は絶好の見学日和に恵まれました。朝10時に品川駅に集合し、「歩こう会」会長の牧内雪彦さん(中47回)、世話役の下島明さん(高19回)の案内で、まず赤穂浪士四十七士が眠る泉岳寺を訪ねました。集団の先頭には飯田高校ラグビー班の花園応援で使った小旗を使いました。

墓地前の石段には、高森町牛牧義士踊り保存会の玉垣があり、飯田と義士の関係などについて牧内会長の名調子の解説がありました。そのあと、脇坂家の家臣大塩治右衛門の次男で赤穂へ養子に出た飯田藩ゆかりの赤埴(あかはに)源蔵(俗称:赤垣源蔵)や、吉良邸の図面を入手するために大工の娘を騙した美男子の岡野金右衛門など47義士のお墓にお線香を手向けました。そして別の場所に移動し、赤穂浪士17名が切腹した細川家下屋敷跡を見学しました。

次に伊皿子坂を経由して、古川橋の飯田藩下屋敷跡を訪ねました、現在は勿論屋敷はありませんが、屋敷跡の角に立ち往年の屋敷の膨大な広さを窺うことができました。そして、仙台坂から有栖川宮記念公園で休憩し、広尾の商店街で分かれて昼食を摂りました。

昼食後、広尾散歩道の終着点にある堀家菩提寺である祥雲寺敷地内にある臨済宗・妙高山東江寺を訪ねました。ここには、堀家のお墓のほか飯田藩主が東江寺に寄贈した鐘楼があります。参加者にとって極めてラッキーなことは、寺からジャージー姿で外出しようとした東江寺住職に、飯田の関係者が墓参に来たことを告げると、住職はすぐさま我々を歓迎し、ジャージー姿のままで墓地と本堂をご案内戴きました。そのお蔭で、私達は堀家の大きな板状の墓誌3基と石塔のほか、博多出身の黒田長政公の屋根つきの巨大な石塔をお参りすることができ、厳粛な気持ちで歴史を学ぶことができました。

この住職のお名前が、偶然にも「飯田義道」さんとのことでびっくりですが、飯田へ何度も足を運ばれたようで、堀家のことは無論、飯田市内の地理や歴史にも詳しく、気さくな口調に親近感を持ちました。そして特別の計らいで本堂に入れて戴き、飯田の御三霊様に倣った堀家の大きな黒漆塗りの位牌をお参りしました。2年前に飯田で開催された堀公展には、貴重な遺品を数々提供し協力したそうです。飯田住職による案内はまったく予想外のサプライズでしたが大いに得した気になりました。飯田住職のご厚意に対し、お布施をお渡ししたことはいうまでもありません。

東江寺を後にして、サッポロビールにお勤めの北澤幸夫さん(高24回)の案内で、恵比須ガーデンプレースに移動し、「ライオン」で懇親会を催しました。初参加13名を含む参加者32名のほぼ全員で、楽しく打ち上げを行いました。

第3回歩こう会を成功に導いてくれたのは、いつもながら牧内会長と下島さんです。下島さんは、多くの貴重な資料を作ってくれただけでなく、下見をして無理のないそして有意義な見学コース設定をしてくれました。そして、懇親会の席では恒例となった歴史クイズを出し、会を大いに盛り上げてくれました。博覧強記の牧内さんとサービス精神旺盛な下島さんは「歩こう会」成功の立役者であり、皆さんとともに感謝したいと思います。

第3回歩こう会は参加者全員のご協力で無事に楽しく終了しました。この秋にも第4回歩こう会を開催する予定ですのでご案内したいと思います。   (文責:大原直(高21))

 タイムスケジュール等は、こちらから→ 開催案内 牧内雪彦(中47)さんによる南信州新聞記事は、こちらから→ 『東京の飯田』をウォーキング

 以下、写真撮影は、榊原雅直さん(高31)です。 (写真の上でクリックして拡大写真をご覧ください。)

第2回「飯田ゆかりの地を歩こう会」報告記

今春に「飯田ゆかりの地を歩こう会」が飯田高校同窓会の公式行事として認知され、5/22に上屋敷から江戸城までを行脚する「第1回歩こう会」が開催されました。 そして、今週の10月23日(日)に「第2回飯田ゆかりの地を歩こう会」が21名(スケジュール参照)の参加のもとに開催されました。

当日は予想外の好天に恵まれ、絶好の見学日和となりました。 朝10時に上野駅公園口に集合し、上野公園を横切ってまず東京芸術大学を訪ね、菱田春草の師である岡倉天心の銅像を会長の牧内雪彦さん(講談脚本家、中47回)の解説を聞きながら見学しました。

引き続いて、谷中にある天眼(てんげん)寺を訪ね、江戸中期の儒学者・太宰春台のお墓をお参りしました。 続いて、隣接する谷中霊園に移動し、明治維新後、植物学を極める一方、動物園や博物館、りんご栽培を日本に導入した農学者・田中芳男、民俗学者・柳田國男の義父であり、大審院判事となった柳田直平(なおひら)、高森出身の実業家で嘗て今村銀行を興した今村清之助のお墓をお参りしました。

谷中銀座で昼食後、根津神社を参拝し、東大構内の安田講堂、三四郎池(「心」の字の形をしている)、赤門を見学して、世話役の下島明さん(高19回)が行きつけの本郷にあるビストロバー「すみれや」で懇親会を行いました。 岡倉天心から今村清之助までの人物像の解説はすべて牧内会長にして戴きました。
牧内さんは故人の業績は勿論、一族の状況やエピソードにも詳しく、その博学ぶりには誰もが驚かされました。牧内さんの熱弁は用意した拡声器を必要とせず、その名調子は聞き入る我々を魅了しましたが、その迫力のある語りはまさに圧巻でした。牧内さんは余人を以って代え難い、飯田が誇る歴史の語り部であると思いました。

そして、今回も歩こう会を楽しいものにして戴いたのは、世話役の下島明さんです。この日のために、2度下見をし、貴重な資料を作成してくれました。そして嬉しいのは、墓参りのために線香を用意して戴き、天眼寺には心づけを用意して戴きました。このお陰で、我々が清々しい気分で墓参りができましたが、お墓に眠る飯田出身の英傑達も喜んでくれるのではないでしょうか。

最後の懇親会は、下島さんが毎週通う「すみれや」で行いましたが、日曜定休にも拘わらず、我々のために店を開けてくれました。貸切となったその場所は、下島さんが用意してくれた歴史クイズで大いに盛り上がりました。そしてビールを味わいながら、久し振りの旧交を温め合うなど和気藹々の盛況となりました。
最後は元応援団長の中島光夫さん(高21回)の音頭で校歌を歌いましたが、都心で斉唱する校歌は格別のものでした。 そして、約5時間(約10km)に及ぶ遠足を終えた快い疲労感と、同窓生と乾杯し校歌を歌えた満足感に浸りながら、各人それぞれ家路に着きました。

今回の「第2回歩こう会」の実現にご尽力戴いた牧内さん、下島さん、松原秀幸さん(高19回)および岡田俊夫さん(高25回)に深謝いたします。 第2回歩こう会は参加者全員のご協力で無事に楽しく終了しましたが、皆様の期待が大きいことから、第3回を来年5月頃に開催したいと思っています。(文責:大原直(高21回))

以下、写真撮影は、榊原雅直さん(高31回)です。 (写真の上でクリックすると拡大画像が見られます。)